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33年前のアニメは、世界初の介護エンタメ?
『老人Z』きっかけで知る驚きのケアテック

33年前のアニメは、世界初の介護エンタメ?<br>『老人Z』きっかけで知る驚きのケアテック

未来を予見!?平成初期に誕生した“介護SFコメディ”

大友克洋監督の『AKIRA』(88)をぼんやり見返しながら、ふと、あるアニメ映画のことを思い出し、サブクスで鑑賞することにした。タイトルは『老人Z』(91)。Amazon Prime Video、U-NEXTなどで配信されているので、気軽に観られる作品だ。

大友克洋が原作と脚本、メカニックデザイン、「ストップ!! ひばりくん!」の江口寿史がキャラクターデザインを担当。『BLOOD THE LAST VAMPIRE』(00)の北久保弘之が監督を務めている。

※2021年に発売された『老人Z サウンドトラック 30th Anniversary Vinyl』ジャケットビジュアル(プレスリリースより)

公開当時、江口氏が描いたスクーターにまたがったヒロイン・三橋晴子のティーザービジュアル(上記サウンドトラックに用いられているビジュアル)が愛らしくアーティスティックで、思春期だった自分はその1枚にクラクラ惹かれたもの。今見ても、ポスターでも複製原画ででも手に入れて飾りたいくらい。

映画の題材は、来る高齢化社会、そして老人介護の問題だ。介護を描いた映像作品は重くなりがちな印象だが、本作にはそうしたテイストは感じられなく、介護問題を考えつつも風刺をおりませたユーモラスな物語としてさらりと楽しめる。

高齢者が増え、介護人材の不足や負担を問題視した厚生省は、民間企業が開発した全自動介護ベッド「Z-001」を試験導入する。モニターには、看護を学ぶ女子大生・晴子(声:横山智佐)がボランティアで介護する寝たきりの独居老人・高沢(声:松村彦次郎)が選ばれる。ところが、「Z-001」に搭載された第六世代コンピュータが高沢の意識とシンクロし、万能の介護ベッドが暴走し、大騒動へ発展する

――というストーリーなのだが、介護がより身近になった令和ならまだしも、平成一桁の時代に、こうした作品が作られていたことに、いま思うとビックリする。まさに未来を予見したよう。

平成に夢見た未来のケアテック「Z-001」

本作に登場する全自動介護ベッド「Z-001」は、要介護者の介助から健康管理、メンタルケアまですべてオートメーションで行う、まさに万能、夢のような“ケアテック”だ。

ケアテックとはCare(介護)とTechnology(テクノロジー)を組み合わせた言葉で、介護実務をIoTやICTなどの最先端技術を応いてサポートする製品やサービスのこと。

「Z-001」がどれだけ万能かというと――

  • ベッドで寝たまま自動入浴。高周波で毛穴の垢まで洗い流す。
  • コンピュータが尿意・便意を読み取り寝たまま自動排泄。
  • 寝たままテレビ、ラジオ、オーディオ鑑賞。株取引やギャンブルも可能。
  • 将棋、囲碁などのテレビゲーム、ワードプロセッサ(ワープロ)機能。
  • 4人までの友人と画面を通じて同時会話が可能。
  • 友人がいない場合、自分の好きな人のデータを入力するとコンピュータが話し相手に。
  • ベッドに1週間分の食事、デザートを蓄え、自動で食事介助。好みに合わせた炊飯も。
  • 寝たままストレッチ、歩行、ボート漕ぎ、水泳など運動も可能。
  • 心電計・脳波計で健康管理。持病データを入力し適当な投薬・酸素吸入も自動対応。
  • 上記以上の対応が必要な場合、かかりつけの医師・病院へ自動通報
  • 地震、台風など予期せぬ災害、泥棒侵入の際も第六世代コンピュータが対処。

――といったことができる。ここまで整理、記述するだけで疲れるボリューム。

ちなみに、ここで言う第六世代コンピュータとは、「学習し、考える第五世代コンピュータの上位、自己増殖機能を備えたスーパーウルトラコンピュータ」と定義される。公開当時は通商産業省(現・経済産業省)所管機関が、人工知能を備えた第五世代コンピュータ開発プロジェクトを進めていた時期で、「AI」という言葉が一般へ周知されたのもこの頃だったと思う。その上を行く「自ら成長し発展するコンピュータ」が、要介護者に適した介護を行う。ちなみに動力源は原子力。超小型原子炉を内蔵し、極小微量の放射能漏れへの対応も万全。

そんな「Z-001」に対し、晴子は素晴らしさを認めつつも、人間の愛情のようなものが感じられず、おじいちゃん(高沢)がかわいそうと主張。ベッドに数々のチューブやセンサーで繋がれ、まるで機械の一部のようになった高沢を助けたいという思いに駆られ、大騒動へと発展する。この辺りはユニークかつアクションに富んだ演出、ブラックユーモアも交えて描かれていくので、ぜひ自身の目で確かめて、楽しんでもらいたい。

余談として、オープニングで「老人Z」の題字を、大友氏が毛筆で自らしたためており、大友氏の腕が登場する実写シーンが挿入されているのもユニークな見どころ。

現実のケアテックはどこまで『老人Z』に近づいた?

さて、今回はある意味ここからが本題。

33年前に描かれた夢のケアテック「Z-001」の機能は、どこまで実現したのか? それとも夢のままなのか?

それが非常に気になり調べてみると、もちろん部分的ながら現実化、実用化されているものも幾つかあり、せっかくなのでピックアップしていく。

①介護用シャワー入浴装置

『老人Z』では「Z-001」自体が浴槽となり入浴が可能だったが、この介護用シャワー入浴用装置「美浴(びあみ)」は、独自のドーム構造で要介護者の身体を包み込み露出を減らし、ミストシャワーで心地よく入浴できる。

サウナ効果で身体をしっかり温めるほか、お湯を貯める必要がないので湯量を節約でき、利用者が溺れる心配もなし。通常なら2名体制で行う入浴介助を1名で対応できるようにした。

『老人Z』での、高沢が真っ裸で心地よさを感じる間もなく体を洗浄される描写からすると、この「美浴」は快適さ、プライバシー配慮の面で「Z-001」に勝るケアテックではないだろうか。

②排泄センサー

『老人Z』のオープニングは、寝たきりの高沢が尿を漏らし、おむつが濡れて気持ち悪くなり晴子を呼び出す展開から始まる。また「Z-001」発表会見でもメディアがより食いついたのが自動排泄機能だ。排泄は当時も今も介護における重要な問題と捉えられている。

そんな排泄を、匂いセンサーで感知・自動でお知らせし、介護職のおむつ交換の負担を軽減したのが、ベッドに敷く排泄センサー「Helppad2」。機能については、開発者・宇井氏のプレゼンをぜひチェックしてほしい。

『老人Z』鑑賞後にこの動画を見たことで、より凄さが判り驚かされた。宇井氏は大学在学中に介護ロボット開発を志し、現在に至ったそうだが、『老人Z』劇中、晴子たちを「お前らみたいなアーパー女子大生に何ができる」と叱責する人物がいて、「いやいや大学生なめちゃいけない(もちろん晴子もすごい)」とツッコみたくなった。

③食事介助ロボット

海外製の食事介助ロボットで、ロボットアームがプレートに盛られた料理をスプーンですくい口元まで運ぶ。操作は手元の2つのスイッチのみで可能だが、筋電(人が筋肉を動かそうとする際に発する微量の電流)を受信するデバイスや、視線入力をサポートするデバイスを介しての操作もでき、高齢の要介護者のほか、ALS患者などの食事をサポートも可能(動画参照)。

流石に『老人Z』のようにご飯を炊く機能は難しいが(そこまではいらない)、1日3回の食事介助を軽減できるケアテックとしては画期的ではないだろうか。

④対話AI搭載型ロボット

『老人Z』では、第六世代コンピュータが高沢の亡き妻ハルの声質を再現し話し相手となり、彼の身体状況や希望を汲み取り行動する。現実では現在、第五世代コンピュータ=AIを組み込んだロボットが要介護者との会話で体調などデータを収集。要介護者から聞き取り記録するケアマネジャーの作業を軽減する実証実験が進められている。

人と違い疲れ知らずのAIなら、24時間いつでも要介護者と話せ、昨今はChatGPTのような生成AIの実用も他業種で進むなか、AIが要介護者の良き友達であり、見守り役として広く活躍する日も近そうだ。

この他にも調べていくと部分的に「Z-001」の機能を実現させている事例は見つかりそう。

介護する・される経験のない筆者にとって、『老人Z』きっかけのケアテック探求は、「ここまで技術って進歩しているのか!」「ケアテックすごい!」という新鮮なオドロキの連続だった。

そして、「いつか自分がお世話になるテックもありそう」と、介護をより身近なものとして捉えるきっかけになった気がしていて、この領域、もう少しほってみたいと思う(それはまた別の記事にて)。

アニメ映画で描かれた未来が現実化しているのも面白いけど、『老人Z』こそ実写化すして、幅広い世代に介護をポジティブに受け止めてもらう流れを生み出せるんじゃないかな?という私見を、最後に添えておく。

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