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フランスの「ジャガイモ顔」スター、ダニー・ブーンの予測不可能な魅力
フランス人の「イイ男」と問われれば、長らく私の頭の中に浮かぶイメージが、「じゃがいも顔」だった。「美男」という定義で考えれば、古くはジェラール・フィリップ、アラン・ドロン、ピエール・ニネ、最近でいえば『幻滅』のバンジャマン・ヴォワザンも!
誰が最初に言い出したのかはわからないが(植草甚一さんだろうか)、「ジャガイモ顔」とたとえられていたのがジャン・ポール・ベルモンドだ。言わずと知れたヌーヴェルバーグの代表作、『勝手にしやがれ』『気狂いピエロ』のスターで、ゴツゴツとしたその顔は、いわゆる美男ではないのだけれど、作品のインパクトと共に刻まれた味わいは濃厚だった。
その「ジャガイモ顔」を継承しているのでは…、私が勝手に思っているのがダニー・ブーンだ。役者としての資質はベルモンドとまったく違うけれど、ダニーはフランスの名コメディアンとして知られていて、大スターであるのは同じ。ゴツゴツというよりはデコボコとした「ジャガイモ顔」で、よく変わる表情やときに大げさな身体表現も、まあ豊か。底知れぬ味わい深さに惹き付けられて、ついつい気になってしまう。
4月に公開された『パリタクシー』では、金も休みもナシ、それなのに免停寸前というしがないタクシー運転手役。人生の窮地に不機嫌さを隠せない彼が、たまたま乗せた92歳の老婦人の波乱すぎる過去を聞くうち、彼女に親身になっていく男性を演じている。意外なストーリー展開に加え、しだいに笑顔を取り戻していくブーンも素敵だったが、どちらかいえば受け身の役柄のせいか、個人的には少々ブーン色としてはものたりなかった。
親友を作りたい美術商の手助けをするタクシー運転手(ここでも!)を演じた『ぼくの大切な友だち』(06)や頭に銃弾が埋まっている男を演じた『ミックマック』(09)もよく代表作にあげられるが、私にとって、ダニーの魅力をフルに生かした快作!と思っているのが『バツイチは恋のはじまり』(12)だ。
「1度目の結婚は必ず失敗する」という、家に代々伝わるジンクスを信じる女性が恋人と結婚するために、偶然出会った男との結婚を画策するこのラブコメディ。『戦場のアリア』(05)でも共演した、モデル出身のドイツ人美女ダイアン・クルーガーが相手役で、一見は不釣り合いなこのデコボコ感が作品をいっそう盛り上げている。
ダニー扮するのは旅行ガイドの編集者ジャン=イヴだ。“誰でもいいから1度目の結婚相手を探したい!”イザベルと飛行機で隣り合わせになり、彼女の思惑通りにまんまと結婚。その後、一転して離婚をたくらむダイアンに翻弄されていくさまが、みじめで情けなくてせつないのだが…笑える!
大好きなのが、イザベルが恋人と一緒に勤める歯科医院に、“妻”を探して訪れるシーン。予想外の訪問に慌てた彼女が、恋人にばれないようにと、ジャン=イヴの顔や体に麻酔の注射をうちまくるという、まるでドリフのコントみたいな展開。当然、顔も体も痺れまくった彼が、顔面はゆるみまくり、立とうとしてもふにゃふにゃ、しゃべろうとしても「$@*?:*…」と口がまわらない。ひどい有様になればなるほど滑稽で笑えてしまう。
さらに、自分を嫌いになるように仕向けるイザベルから、シャンプーのかわりに脱毛クリームを渡されたり、コサックダンスを踊り続けるはめになったりと、ほんとにコント集を見ているよう。「あらゆるひどいことをしたのに、犬みたいに慕ってくる」とイザベルがジャン=イヴのことを語るが、受け身の装いで攻めてくるダニーの演技は圧巻だ。
ダイアン・クルーガーといえばクラシカルな美貌のせいか、コメディにはまりにくいところもあるけれど、この作品ではハイテンションな弾けっぷりで新鮮な魅力を見せてくれた。ダニーとのコンビネーションが抜群で、劇中の役柄同様、その人懐こい存在感にひっぱられたのではないかと思う。
シニカルなユーモアを効かせた監督作も
ダニーが監督・主演を兼任したのが、Netflixの『ヒューマニティ通り8番地』(21)。コロナ下でロックダウン中のフランスを背景にした作品で、外出禁止でアパルトマンに閉じ込められた人々の、家族や隣人たちとの交流をコメディ仕立てで描いていく。ダニーが扮するのは、コロナを過剰なほどに怖がる男性で、犬の散歩に出るとなればシュノーケルマスクを着用し、近づく人の体温を勝手に測るわ、宅配便を届けに来た人に消毒液を吹きかけるわと、やりすぎな自己チュー男。きわどい描写は多いのだけれど、そのブラックさが笑いにつながっている。妻といいムードになってきて、さあこれから…というときに彼がすかさず「ピッ!」と妻の体温を測る姿には思わず笑ってしまった。そして、アパルトマンの1Fに研究所を構える医者から検査のために長~い綿棒を鼻におしこまれてあえぐシーンは『バツイチ』の歯医者シーンをほうふつとさせる爆笑もの。ダニーの体をつかった表現力が私のツボらしい。
ちなみにこの医者を演じるのは、シャルロット・ゲンズブールの夫としても知られるイヴァン・アタル。ダニーとは対照的な「美男」系の彼は、マッドサイエンティストみたいなキャラとして登場。自ら開発したワクチンが筋肉の痙攣を引き起こしてしまうという副作用を隠すため、壊れたロボットみたいな変てこダンスを見せるなど、やはり弾けている。イヴァンとはだいぶ仲良しのようで、ダニーの2016年の監督作『フランス特殊部隊 RAID』(タイトルはハードだが実はドタバタのコメディ)にも出演しているし、ダニーのほうもイヴァンの監督作『ユダヤ人だらけ』(16)に出演。さらには、監督・主演最新作「La vie pour de vrai」でもシャルロット・ゲンズブールと共演しているとか。作品を通じた彼らの交流を目にするのも楽しい。
シニカルなユーモアは間違いなくダニーの持ち味だろう。うまくいかないことばかり、予想もできないことばかりの人生に、ジタバタしながらもコミットしようとする。群像劇ともいえるこの作品のなかでは、日常生活では気づけなかった様々な感情を呼び起こしていく大人たちの気づきや、絆を結んでいく住人たちの連帯と思いやりを描いて、最後はホロリ。制約だらけの状況下でも心を縛られない子どもたちの自由さや想像力を表現しているのも素晴らしかったし、最後に「苦難を経験した人々と手を取り合った人々へ捧げる」のメッセージが流れるのも心憎い。
最近では、ジェニファー・アニストンとアダム・サンドラーの黄金コンビが犯罪事件に巻き込まれる夫婦を演じるNetflixの『マーダー・ミステリー』シリーズ(19・23)で、くせ者警部役でピリっとアクセントを効かせている。出番は少ないものの、米のアダムとフランスのダニーという名コメディアンが競演していると考えると贅沢だ。
というわけで現代のジャガイモ男、ダニー・ブーン。デコボコとどこに転がっていくのかわからない魅力と味わいと共に、これからも楽しませてほしい。