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“ラーメンの神様”山岸一雄さんの思いに触れた日

“ラーメンの神様”山岸一雄さんの思いに触れた日

東池袋大勝軒の行列を甘く見ていた日

今回は映画紹介の皮を被った(被ってもいない?)“ラーメン”の話です。

職場の近くにうまいラーメン店があると、お昼についつい通ってしまうもの。

文京区本郷で働いていた25年前、日活本社ビル近くの「元祖一条流 がんこ十二代目」(現在は閉店)の「焦がしネギラーメン」を週1ペースで食べていました。漫画「ミスター味っ子」に登場した「焦がしネギラーメン」のようなラーメンで、その異彩さに驚いたものです。

新宿で働き始めた2001年頃、新宿6丁目の「つけ麺古武士」というお店へ通った時期がありました。コシがあってのど越し良い麺と甘辛酸っぱい味のスープが絡み合う「濃厚つけ麺」にハマりにハマったのでした。

そんな「古武士」の、Google内の説明文に、店主が店を始めた経緯がこのように記されていました。

“初めて訪れた「東池袋大勝軒」のつけ麺の麺を一気にすすった時の喉越しの良さと大将の人柄が 忘れられずに何度も通いつめていくうちに、いつしか、魚介の効いた旨味あふれる出汁と濃厚な豚骨を合わせた美味しいつけ麺が作ってみたいと思った。 今の「古武士」の魚介豚骨の濃厚スープのつけ麺の原点がここにあります。”
(「つけ麺古武士新宿6丁目店による説明」より抜粋)

「東池袋大勝軒」。つけ麺の考案者にして、“ラーメンの神様”こと山岸一雄さん(2015年病没)が切り盛りした元祖“行列のできるラーメン店”として、当時テレビや雑誌で度々取り上げられ話題になった店です。僕も「古武士」でつけ麺にハマった頃に「一度、食べてみたい…!」と思い立ち、ある土曜の午後に行列覚悟で足を運びました。

現在の東池袋大勝軒に飾られていた移転前の写真

が、大勝軒の行列はそんな生半可じゃなかった。お客は早朝から並び出し、昼には用意された分量の人数が並びきるのが常。店にたどり着いたものの時すでに遅し。「ごめんなさいね。今日の分は終わっちゃったんですよ。また食べに来てくださいね」と申し訳なさそうに声をかけてくださったのが、店の前に座り込んでいた山岸さんでした。

山岸一雄さんのお弟子さん方の店でよく見かける“山岸さん人形”

その後、再び足を運ぶ機会をつかめぬ内に、「東池袋大勝軒」は2007年に店周辺の再開発が始まることと、山岸さん自身が引退を決意されたことで閉店してしまいます。何でも閉店の日は400人以上の列ができたとか…。

東池袋大勝軒が愛される理由を尋ねた日

それから6年後の2013年。テレビドキュメンタリーを再編集し、劇場公開されたのが『ラーメンより大切なもの 東池袋大勝軒 50年の秘密』でした。残念ながら配信はなく、視聴はDVDのみという作品です。(2023年4月現在)。

映画では90年代後半~閉店まで約10年間、東池袋大勝軒に密着。ただただ「お客さんにお腹いっぱい食べてもらいたい」という思いから早朝から山岸さん自ら製麺し、スープの味を決めるラーメン作りへのこだわりが映し出されます。さらに100人以上ものお弟子さんたちに惜しげもなくレシピを伝えたという山岸さんの指導する姿、お店へ通い続ける常連客の方々の証言から、誰からも慕われる山岸さんの人物像も浮き彫りに。

そうしたやり取りのなか、カメラは厨房の奥で無数の袋が吊らされ封じられた“開かずの扉”に注目します。この扉の向こうには、山岸さんの亡きご夫人をめぐる思い出が封じられているようなのですが…。その秘密に触れようとすると、どこまでも朗らかで優しい山岸さんの表情が強張り、撮影をやんわり拒みます――。

大勝軒の味のこだわり、山岸さんの思いを見事に切り取った、この作品をどうにかプッシュしようと、公開当時編集を担当していた情報誌で巻頭に1頁枠をいただき、なんと山岸さんにインタビューさせていただことができました。当時の山岸さんは、お弟子さんに託した「東池袋大勝軒」の新店舗を託し、自らは店頭に座りお客さんと交流されていて、お話は同店で伺うことができました。

“「(ラーメンにとって)大切なのは、まずおいしいこと。次に“やさしさ”。食べて幸せになれる、“頑張るぞ”と元気が出るような、やさしい味を心がけてきました。それからサービス。昔はお客さんに山ほど食べてもらいたくて考えたのが特製もりそば(つけ麺)なんですよ」“
(東京ウォーカー2013年11号より抜粋)

おいしさ、やさしさ、そしてサービス――。取材の際、大勝軒が愛される理由をそう語ってくださった山岸さん。本当に温厚で優しいお人柄。こうしてお話を伺える機会をいただけたことはとでも幸せでした。映画紹介の仕事をしていて、ラーメン店取材なんてまず無いですから。写真撮影用にお店にご用意いただいた「特製もりそば(つけ麺)」も絶品でした。けど、山岸さん自ら仕込まれたつけ麺を一度でいいから食べてみたかったなぁ…。

現在の「東池袋大勝軒」の特製もりそば(つけ麺)。並でもお腹いっぱいになるボリューム。甘辛酸っぱいたれと麺が絡み合う。久しぶりに頂きましたけど、その食感と味わいがたまりません。

映画を見ているとわかるのですが、山岸さんのスープの味の完全再現は、レシピがあっても弟子の方々でもさじ加減が難しいようです。さらに先述の思いをとことん追求する山岸さんについて、お弟子さんは「誰も真似できない」と敬意を込めて語ります。人が誰も真似できないことを成し遂げたからこそ、山岸さんは“神様”と呼ばれるのでしょう。

いま、全国各地で“ラーメンの神様”に憧れた、学んだ方々が、各々の思いを持ってお店を営んでいられるでしょう。そして、日々求められる嗜好が変わる世界を生き残るために、研鑽や工夫が必要。人も時代も変われば、味も変わるでしょう。でもそこに、山岸さんの思いが少しでも継承され続けることを願いたい。笑顔で「いらっしゃい」と出迎えてくださるだけでも、訪れる側の心はほっこり温まりますから。

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